思いつくまま

2005年05月
表紙へ 目次へ

目次 
●不調:No. 1585 2005.05.31
●音楽のある環境:No. 1584 2005.05.30
●心の持ちよう:No. 1583 2005.05.27
●後悔の日々:No. 1582 2005.05.26
●道具を使う以前の試練:No. 1581 2005.05.25
●道具は使い込むべき:No. 1580 2005.05.24
●身近な危機:No. 1579 2005.05.23
●悠悠とした生き方:No. 1578 2005.05.21
●パーフェクト・プラン:No. 1577 2005.05.21
●適応力:No. 1576 2005.05.20
●超常現象をなぜ信じるのか:No. 1575 2005.05.20
●モチベーションの高さ:No. 1574 2005.05.19
●順番に淡々と:No. 1573 2005.05.18
●自分のペース:No. 1572 2005.05.17
●重要なことに:No. 1571 2005.05.16
●やるべきことへ:No. 1570 2005.05.15
●北国の春:No. 1569 2005.05.14
●Sue:No. 1568 2005.05.14
●本当にいいもの:No. 1568 2005.05.14
●もったいない:No. 1567 2005.05.13
●巨大隕石が降る:No. 1566 2005.05.12
●冷たい雨:No. 1565 2005.05.11
●バックアップ:No. 1564 2005.05.10
●春の楽しみはこれから:No. 1563 2005.05.09
●家族サービス:No. 1562 2005.05.08
●子供と時間の共有:No. 1561 2005.05.06
●子供の日だから:No. 1560 2005.05.05
●家庭サービス:No. 1559 2005.05.04
●春の休みに:No. 1558 2005.05.02


若葉の並木。江別市文京台

●不調:No. 1585 2005.05.31

今日は曇りである。
昨日からどうも体がだるい。
家内の夏風邪がうつったようだ。
昨日は3時過ぎに帰って
自宅で横になっていた。
今もまだだるい。
今日は明日の講義の準備と
非常勤講師として講義があるために
研究室に来ている。
昼過ぎには、外出しなければならない。
その後、常用の薬がなくなるため、
医者に行かなければならない。
体調が悪いのにやらなければないことが重なっている。
まだ動けるから、何とかこなそう。
目次へ



若葉の並木。江別市文京台

●音楽のある環境:No. 1584 2005.05.30

早朝は少し雲があったが、今日も晴れである。
気持ちのよい一日になりそうだ。
我が家には音楽があまりなかった。
音楽は、車に乗っているときや、
旅行に出かけるときに用意したCDやカセットを
車でかけて聞くことほとんどの場合であった。
しかし、私は、Apple社のiTuneというソフトで
手持ちのCDの音楽をすべてパソコンに取り込んでいる。
そしてそれで車で聞く音楽をCD-Rとして作成していた。
それ以外、私自身が聞く機会はほとんどない。
通勤時間はできるだけ、自然の音を聞いていたいし、
音が聞こえないと安全にも問題があるからだ。
したがって音楽はほとんど聴く機会がなかった。
しかし、家内のラジカセが壊れ、
CDからテープへ録音をできなくなったのだ。
それでiTuneを活かすために、iPodminiを購入した。
スピーカ代わりの安いCDラジカセを見に
電気屋にいったのだが、
AUXの外部入力があるものを購入したかったので、
みているとなかなかいいものがない。
それにこれからはカセットではなく、
CD-RやMDなのだからと思い
物色して一番安いものを購入した。
それは、ラジオ、CD、MD、カセットを内蔵した
ミニコンポステレオであった。
我が家に音楽がやってきた。
車の中だけでなく、家の中でも音楽流れるようになった。
ほとんどは家内が聞くためのものだが、それでもいい。
聞きたい時に聞ける環境ができたのだから。
そして子供たちにも音楽を聞かしてあげようか。
目次へ



若葉と雫。江別市文京台

●心の持ちよう:No. 1583 2005.05.27

今朝は曇りで小雨がぱらついていた。
今日の夕方医者に出かけるので、来るまできた。
緑が濃くなってきた。
昨日ある公務の仕事の分担について話し合った。
その公務にはいろいろあり、
どれかを分担しなければならない。
そんなときふと考えた。
ある仕事があるコミュニティでは大変に見えても、
他から見るとそれほどでもないように見えることもある。
となるとすべて大変さとは相対的なものといえる。
自分にはどんなに大変に見えても、
他人にはたいしたことがないように見える。
あるいはその逆もあるだろう。
もし、自分の心が大変でないと思うことができれば、
同じことでも大変は軽減されるかもしれない。
心の持ちようで、精神的負担は変わるのではないか。
新たな仕事が増えても、
それに費やされる時間が多くても、
それを心が負担だと思わなければ、
心は疲れないかもしれない。
嫌なことをやらなければならないという気持ちでいる限り、
それが終わるまで嫌な気持ちは消えないし、
常に心のどこかに重荷として居残っているはずだ。
でも、たいしたことはないと心が決めてしまえば、
負担ではなく、すべきときが来たら
ただ淡々のその仕事をするだけである。
それまでの時間、その仕事が負担として
重くのしかからないだろう。
ようはすべて心の持ようである。
そんな心は自分のものだから、自分で操ればいいのだ。
目次へ



並木。江別市文京台

●後悔の日々:No. 1582 2005.05.26

今朝は曇りで明け方まで雨が降っていたようだ。
自転車で来た。
やや肌寒かったが、初夏の肌寒さだ。
耐えられる。
昨日はやっとソフトウエアの設定が終了した。
これで、一安心だ。
やりたいこと、やらなければならないこと。
できること、できないこと。
後回しにすべきこと、今すぐすべきこと。
公務、私事。
相手があること、自分のこと。
現在のこと、未来のこと。
相対するいろいろなことが錯綜する。
それでも時は流れて、
現在が過去に。
来るべき未来が現在に。
まだ来ぬ未来は未来のままに。
夢は遠のく未来に。
私は、どこから来たのか。
私は、今どこに立っているのか。
私は、どこに向かっているのか。
日々の雑踏のあわただしさの中で
ついつい忘れ去られていく大切なことだけが、
着実に増えていく。
それを後悔と呼ぶのだろう。
今日も後悔の日々のひとつになるのだろうか。
目次へ



雫。江別市文京台

●道具を使う以前の試練:No. 1581 2005.05.25

今朝は晴れていた。
風もなく穏やかな天気である。
昨日プログラム用の言語を購入した。
これで、覚悟と決めて、プログラム言語を習得できる。
今朝インストールしたが、
ソフトの承認手続きがうまくいかない。
どうしていいかわからないまま、時間切れだ。
後は、午後の時間の空いたときだ。
なかなか思うようにいかないものだ。
道具選びをして、その道具が
最初からなかなかうまくいかないとき、
最初だからあきらめるのも手である。
使う以前のことである。
人によってはそんな苦労を
まったくしなくてもいい人もあるはず。
それを考えると時間の無駄という考えもある。
しかし絶対できるはずという信念のもとに食い下がる、
という決断もある。
そんなときこの道具をお金を出して買ったということが
その決断に大きな足かせとなる。
つまり、買ったものを捨てるのはもったいないので
なんとか食い下がって使っていくのである。
どうれだけ苦労するかわからない。
道具は使ってはじめて機能を果たすのである。
なのに、使う以前の苦労を背負い込んだのである。
これも試練と覚悟していこう。
目次へ



雫。江別市文京台

●道具は使い込むべき:No. 1580 2005.05.24

今朝は小雨であった。
風はなく、快適な気温であった。
小雨の中をいつものように緑の中を歩いてきた。
現在必要に迫られて新しいプログラム言語を学んでいる。
以前はBasicコンパイラーだったが、
それは以前に私が使っていた
単純なN88BASIC互換モードでの使用であった。
オブジェクト指向のプログラムができるのだが、
そのオブジェクト指向の意味がわからなかったからである。
そこで以前わが大学で独自に作っていた
Delphiのテキストがあったので、
それに基づいてDeplhiの勉強をしていた。
Pascalは以前にも使っていたので、
なじみもあった。
もう、2、3ヶ月の間、暇を見てはテキストを読んでいた。
しかし、Deiphiの参考書があまりに少ないので、
自分がしたいことを、どのようなコマンドですればいいか、
なかなかわからないので、お手上げ状態であった。
大学同じ テキストの中でC++の内容も併記してあった。
Delphiを学んだら、C++への以降は容易にできそうである。
だから、C++に言語を変更しようと考えている。
そんなときふと思った。
自分がすべきことに必要な道具にこだわるのは
悪いことではない。
いや、大いにこだわるべきかもしれない。
しかし、使い込む前から、よりより道具をもとめて
右往左往するのは果たして得策かどうか。
道具選びの時間が、
使い込む時間以上に多いなら、主客転倒である。
いちばん大切なことにたくさんの時間を使うべきだ。
だから私は、C++の基礎練習に多くの時間を使っていこう。
それが一番いいのかもしれない。
道具を選び、それを使い込むことだ。
目次へ



ニリンソウ。江別市文京台

●身近な危機:No. 1579 2005.05.23

一昨日、昨日と天気がよかったので、外に出ていた。
無理はしていないつもりだが、疲れているようだ。
昨日も午前中公園にいき、
午後は自宅でのんびりしていた。
長男が昨夜、夕食もあまり食べず、眠たいという。
熱はないが、咳をして鼻をぐずぐずしていたので、
風邪かもしれないので、 夕食後すぐに寝かした。
でもなかなか眠れないので、風呂に入るというので、
入れてまたすぐに寝かしたら、眠りについた。
北海道の学校はこれから運動会の季節へと入る。
そのために練習が連日続く。
子供は大人と違って、不調の予兆を感じないようだ。
そして突然、ばたりと体調を崩す。
しかし、大事をとっていると、
体力があまって大暴れをしている。
それを見極めるとのが親の責任だ。
長男の不調から、危機への感覚と対処について考えた。
自分の子供の体調は、
日々の観察を通じて、異変を読み取るしかない。
実は、自然災害に対しても、
同じような心構えが必要だと思える。
突然襲ってくるような地震は避けようがない。
そのような災害には、不断の心構えで対処をするしかなく、
起こった後のことを考えておくことである。
しかし、台風や洪水、津波は、
危険の予兆を感じ取ることは、
現在科学から容易にできるはずである。
それを独自のレベルで、とっさの判断でできるかどうかだ。
いろいろな危機が起こりうる。
それを事前にどこまで想定しておくか、
あるいはどこで予兆を感じて、いつ対処行動に入るか、
それがある一線を分けることもありうる。
家族の安全と考えれば、
多くの人はそのような行動を取れるのではないだろうか。
身近な危機に関しては、敏感であるべきだ。
目次へ


●悠悠とした生き方:No. 1578 2005.05.21

久々に小説を読んだ。
以前店頭で見かけて面白そうな推理小説だなと思って
ふと買ってしまったものだ。
なぜこれを読んだのか、良くわからない。
大きな本を読んだので軽い本を
読みたかったのかもしれない。
しかし、小説なら他にも読みたい本はいろいろある。
地質学に関係する小説で読みたいのものある。
SFだって好きで、読みたいというの本も手元にある。
なのにふとこの本を読んでしまった。
何とはなしに、読んだ、まさにそんな感じである。
読みたい本はいっぱいあるのに読む時間がない。
これは仕方がないことだ。
徒歩や自転車通勤に変えたから、
通勤中に読む時間がなくなったのだ。
歩く時間をとり、健康を選んだのだ。
これは重要な選択であった。
それでいいと思う。
だから、読む本を洗練したかった。
残された人生であとどれだけの本が読めるかわからない。
以前の記録を見ると、年間70冊から30冊読んでいる。
70冊というのは、参考程度に読み流したもの、
軽い小説類も混じっているときの記録である。
だから本当に読むべき精選したものは、
30冊前後である。
それが今の私が1年間に読める量である。
買う本はもっと買っている。
専門書はもっとたくさん買っている。
そちらは、必要なとき必要なところを
参考にするために読む。
しかし、最近全部を読むことはなくなった。
もちろん読みたい本もある。
生きるペースを変えなければならないのかもしれない。
あくせくと生きるのではなく、
悠悠と生きる生き方を
学ばなければならないのかもしれない。
悠悠とした生き方、これが今後の人生における
重要なテーマとなるかもしれない。
目次へ


●パーフェクト・プラン:No. 1577 2005.05.21

柳原慧著「パーフェクト・プラン」
(ISBN4-7966-4452-0 C0193)
を読んだ。
久々に小説を読んだ。
なかなか面白かった。
目次へ



エゾエンゴサク。江別市文京台

●適応力:No. 1576 2005.05.20

朝は雲が残っていたが、晴れてきた。
暖かい一日になりそうだ。
自分が置かれている状況は
日々さまざまな程度で変化している。
その変化は、見えないようなもののこともあるが、
ドラスティックに変わることもある。
そんなドラスティックな変化が、
自分から作り出したものか、
外界から与えられたものかによって
受ける影響は同じでも、
精神的にストレスでみれば、大きな差となる。
もしそんな状況になったとしたら、
いかにその新しい変化を
受け入れる気持ちになるかによって、
ストレスの解消程度は違ってくる。
そしてその変化を受け入れて、
そこにおかれたことを前提として
新たな考えをはじめれば、
その変化に適応していくということになるのだろう。
これを適応力というなら、
適応力が大きいほど、
新しい環境を自分自身のものとして、
そこに暮らしやすい状況を生み出すことになる。
果たして私はどちらだろう。
できれは適応力を身につけていたい。
目次へ


●超常現象をなぜ信じるのか:No. 1575 2005.05.20

菊池聡著「超常現象をなぜ信じるのか」
(ISBN4-06-257229-X C0211)
を読んだ。
非常に面白い本であった。
認知心理学の内容であったが、
私が科学するとき必要な視点を
学生たちに伝えるときに示すものと似ている。
目次へ



エゾエンゴサク。江別市文京台

●モチベーションの高さ:No. 1574 2005.05.19

今朝、歩いてくるときは雨が降っていなかったが、
天気はよくなかった。
風も強かった。
昨日まで、寝不足で体調がよくなかったが、
昨日も、いつものように仕事をした。
今朝の明け方、いつものように3時頃目が覚めた。
しかし、疲れていたようで、再度寝ることができた。
5時過ぎまでうとうとした。
しかし、まだ、ボーっとしている。
まだ、寝不足の疲れが抜けていないようだ。
社会人とって仕事とは、
自分の体調と関係なく時間が来れば、始まっていくものだ。
その仕事をやるのは人だから、
人の体調によって成果物に変化がある場合があるだろう。
講義は、講義する人と聴く人の体調によって
その理解度に大きな影響を受けるだろう。
少なくとも発信者側の講師の体調がよくなければ
学生がどんなに講義を聞く気持ちがあっても、
授業の効果は上がらないだろう。
講師の体調が悪いときは、講義内容に影響があるが、
講師の体調に不揃いなく講義をおこなうことは難しい。
それを可能とするには、講師の体調を越えるような
精神性、モチベーションを高めることではないだろうか。
人間が人間に対して恒常的働きかけるときは、
これしかないのかもしれない。
逆にいうとこの精神性、モチベーションの高さが、
体調にかかわりなく必要なものかもしれない。
目次へ



さくら。江別市文京台

●順番に淡々と:No. 1573 2005.05.18

今朝は雨模様であったら、
朝は雨が降っていなかったので自転車できた。
最近眠りが浅い。
明け方よく目が覚める。
そのままもう一度眠りたいのだが寝付けない。
仕方なく本を読み出すのだが、
睡眠時間が足りなく、寝不足である。
しかし、講義もあるし、その準備もある。
やるべきことはたくさんある。
それを順番にそして淡々とこなしていこう。
目次へ



はな。江別市文京台

●自分のペース:No. 1572 2005.05.17

今朝は小雨である。
風も少々あったが、寒くはない。
今朝歩いてると鶯の声を聞いた。
今年初めてのことである・
緑の中を歩いていると、
春の花盛りである。
今朝は明け方に目が覚め、眠れなかったので、
本を読んだせいで、寝不足である。
なにかボーっとしか感じがする。
昨日やる予定であった講義の準備がまだできていない。
朝のうちに明日の講義の準備を
しておかなければならない。
昼前には非常勤講師と出かけるので、
それまでに仕事をしなければならない。
どうしていつも何かにおわれているような気がする。
のんびりとやりたいけれど、そうなればなったで、
それでもうまくいかない愚痴をこぼすのだろう。
そんな繰り返しが目に見ている。
どうも自分ひとりで何かをするペースがわからない。
この環境も、もう4年目となるのに、困ったものだ。
目次へ



エゾエンゴサク。江別市文京台

●重要なことに:No. 1571 2005.05.16

今朝は快晴で風もなく暖かな日になりそうである。
今日は講義がない日だが、
2つの講義の準備と、申請書の作成で
多分、1日かかりそうである。
朝の仕事を始める前に、このメモを書き
ホームページを作成する時間としている。
仕事に気持ちを向け、
すべきことを整理しているのである。
また、メールにも目を通す。
撮影した写真が多かったり、
整理すべきページが多かったり、
返事すべき重要なメールがあると
時間がかかるが、
大抵、30分から1時間ほどで作業は終わる。
これが私の朝の儀式とも言うべき時間となっている。
記録に残し、私が活動し、発信していることの証でもある。
しかし、もっと重要なことは、
私は地質学と教育の研究者として、
私がやりたいことを残せているかどうかである。
ケーススタディといいながら、
実践に多くの時間を割いていないだろうか。
理論化を怠っていないだろうか。
そう考えると、やるべきことを、重要なことに
精力と時間を割くべきだと思える。
目次へ



つくし。江別市文京台

●やるべきことへ:No. 1570 2005.05.15

天気予報どおり、今日は雨であった。
今朝も研究室に出てきているのだが、
重要な返事を書かなければならなかったので、
なかなか仕事がはかどらない。
これだけは、今日中にしておきたいことがあるのだが、
来て2時間近くになるのにまだそれも終わってない。
やっといまいち段落付いたので、
次やっとやるべきことへ進んでいこう。
目次へ



さくら。江別市文京台

●北国の春:No. 1569 2005.05.14

昨日に続き今朝も快晴である。
少々風がある気持ちのいい日だ。
桜も咲き始めてきた。
できれば、外に出かけたいが
家内が連日夜の打ち合わせで疲れたとぼやいていた。
明日は天気がよくなさそうなので、
今日外に出かけたいものだ。
子供たちは、外に出かけたがっている。
私は今日中にしなければならないことがあるので、
それを済ませてから家に戻って考えることになる。
天気がいいと、外に出たくてむずむずしてくる。
これも北国の春なのだ。
目次へ


●Sue:No. 1568 2005.05.14

ピーター・ラーソン クリスティン・ドナン著「Sue」
(ISBN4−02-250010-7 C0045)
を読んだ。
3月の恐竜展2005を見に行く前に買って、
4月の頭から読み始めたので、
1ヶ月半かけて読んだことになる。
このようなしっかりと書かれた本は読み応えがあるが、
本を読む時間の少ない人間には、
なかなか大変である。
この本はもっとも保存状態のよい
「Sue」と呼ばれるティラノサウル・レックスの騒動と
ティラノサウルスに関わる科学的検討に関する本である。
面白かった。
Sueに関する、事件の被告の側の文章だから
それなりに差し引いて読むべきだが、
それにしても原告側の政府や裁判官の
不公正さにはあまりある。
政府や古生物学会の申し立ては、
古生物学的資料の公正な取り扱いや
悪徳業者に高価格化の防止であったはずだ。
しかし、最終的にはSueの競売という処分、
博物館には入ったが、マクドナルド、ディズニーという、
もっとも商売毛のあるスポンサーが
836万ドルというとんでもない金額まで吊り上げた。
これは化石を商売とする
業者への見せしめであったのだろうか。
先進国アメリカ合衆国でこのようなことが
公然と起こっていることが信じがたいが、
いずれも人間のなすことである。
仕方がないのだろう。
しかし、こんな騒動によって
Sueはますます歴史に残るのであろう。
目次へ



エゾエンゴサク。江別市文京台

●本当にいいもの:No. 1568 2005.05.14

今日は霞んでいるが晴れている。
暖かくなりそうだ。
昨日は浦川から3時間以上かけて
わざわざ私のところまで尋ねてくださった人がいる。
PCLetterというソフトを開発している方だ。
このソフトは、個人でE-learningをするには
うってつけのソフトだと考えている。
しかし、私のネットワークおよびパソコン環境では
そのソフトがうまく動かないようである。
その原因が昨日の調査で、
大学のメールサーバとPCLetter、
および私の使っているメーラーソフトの
相性の問題であることがわかった。
どうすれば回避できるかもわかってきた。
ソフトのバージョンアップをしてもらい
今度のバージョンアップの仕方を聞いた。
実質2時間ほどで作業が終わった。
このソフトはいいソフトなので
このソフトのよさがわかれば
多くの人が利用するであろう。
しかし、そのためには、実際に使ってみることである。
利用してみるかどうかは、
なんらかのきっかけが必要となるであろう。
私は秋から連続の講座を
ホームページとメールマガジンで
公開しようと考えている。
それがうまくいけば、
このソフトが少し周知されるかもしれない。
このソフトと私の講義は
お互いボランティアでおこなうことにしている。
いつもやっている個人レベルの産学協同の
モデルケースである。
こんな小さな積み重ねが、
本当にいいものを伝えることにおいては
大切なのかもしれない。
目次へ



さくらのつぼみ。江別市文京台

●もったいない:No. 1567 2005.05.13

快晴で気持ちい天気である。
桜の開花が遅れているようだ。
まだ、つぼみの状態である。
先日から大量のレポートを
メールとして受け取っている。
プリンタードライバーの調子が悪い。
WindowsXPのSP2にしてから、
ドライバーがうまくあっていないようだ。
小さいプリンターはメーカーは対応していないことを
ホームページで示している。
ネットワークのプリンターは対応しているはずなのだが、
どうも動作が遅い。
大量にあるので、動作が遅いといらいらしてくる。
SP2に変更する前までは、
普通に打てたのに、困ったものだ。
まだ使える道具が、電子機器のソフトの更新によって
使えなくなるのは、もったいないような気がする。
まあ、だましだましとりあえずは使っていこう。
そしてどうするか考えていこう。
目次へ


●巨大隕石が降る:No. 1566 2005.05.12

金子史郎著「巨大隕石が降る」
(ISBN4−12−0032698-8 C0044)
を読んだ。
シベリアのツングースカの謎の大爆発から
テクタイトの謎などから、
大きな隕石がけっこう落ちていることを示してきた。
なかなか面白い本であった。
目次へ



こぶし。江別市文京台

●冷たい雨:No. 1565 2005.05.11

今朝は、冷たい雨であった。
昨日は、北海道の北のほうでは
雪が降ったというニュースが流れていた。
寒い春となっているようだ。
こんな冷たい雨に打たれながら考えた。
我が家でも、まだストーブを炊く日が多い。
こうなると、今年は寒いとか、異常気象だ、
などという 人が出てくるのだろうが、
たくさんある気候変動の一部のではないか。
私が現在の家に住んで3年だが
一昨年の6月下旬に、
ストーブを一度炊いたことがある。
そんな短期間の経験においても、
寒かったこともあるのだ。
今、地球環境問題で温暖化が騒がれている。
気象で何か変わったことがあると
すぐに異常気象と結び付けられることが多い。
でもその因果関係は、
必ずしもわかっていないのだ。
もし気象や気候の因果関係が
すべてわかっているのなら、
天気予報の的中率はもっと上がるだろう。
なのになかなか天気予報が当たらないのは、
気象や気候のメカニズムを、
私たち人類はまだ解明できてないからだ。
解明できないことも、解明できてないのである。
私たちは、その程度の知恵しかないのである。
そんな浅はかな知恵に基づいて、
未来予測として、地球温暖化ありきで、
現在の地球の状況を変えようとしている。
エネルギーや資源の無駄使いを防止することや、
過剰な経済原理を是正するなら大いに結構だ。
しかし、その対策として、
二酸化炭素の排出規制を金で売り買いしたり、
政治や外交の駆け引きに使ったりするのは、
どこか誤った道に向かっているような気がする。
現在からの変化を感じて、
現代人類の奢りを戒め、
それを改善する試みは大いに結構だ。
しかし、新たな悪知恵を生み出すためには
利用して欲しくないものだ。
目次へ



雫。江別市文京台

●バックアップ:No. 1564 2005.05.10

昨日の午後から振り出した雨が今朝も続いている。
それほど冷たい雨ではない。
風があったので、結構ぬれてしまった。
雨の中を久しぶりに歩いてきた。
雨の日はしっとりとして気持ちいい。
ハードディスクの整理を昨日から今朝にかけてした。
そのときに次のようなことを思った。
私は、現在ほとんどのデータは、
2重、3重にハードディスクにバックアップを取っている。
しかし、データ量が多くなるとそうもいないものある。
実は、バックアップをとっていないデータがあった。
そのうちにと思っていたのを、
ついつい忘れていたためだ。
それは地形解析データで、膨大な容量となっている。
114Gbほどあるので、バックアップのためには、
別のハードディスクが必要になる。
しかし、ハードディスクがいつまでも安定に
動き続けるとは限らない。
早いうちにバックアップをしておかなければならない。
現在ある全データは250Gbである。
将来のことを考えれば、
400Gbから500Gbの容量を
備えておく必要があるかもしれない。
しかし、無限に増えていくデータを
いかにして管理するか。
問題である。
多分、将来一度も使わないようなデータも
たくさん含まれているはずだ。
そんなデータは捨ててしまった方がいい。
情報が増えて、いろいろなことが
わかってくるのはいいのだが、
その情報に振り回されているようで
どうもいやな気分だ。
情報は捨て去ることも必要なのだ。
しかし、なかなかそれができないのは、
やはり情報に振り回されているからなのだ。
そして捨てることができない弱さがあるのだ。
そんな心を満たすには、
とりあえずは、すべてバックアップしておくことだ。
それで、心が休まるのなら、とりあえずで、いこう。
目次へ



ニリンソウ。江別市文京台

●春の楽しみはこれから:No. 1563 2005.05.09

今朝は曇っていたが、自転車でこれた。
来る途中、いろいろな花が咲き始めているのを見た。
フキノトウはもうかなり大きくなった。
ツツジとレンギョウの花があちこちで見かけられる。
ニリンソウが大学校内の庭に咲いていた。
桜はまだつぼみだ。
長いゴールデンウィークもやっと終わった。
どうもけだるく、朝起きづらい。
よく寝ているのだが、疲れがなかなか抜けない。
ゴールデンウィークの後半は
天気がよくなかったので、
買い物に行く程度で、自宅にいた。
だjから、肉体的にはそれほど疲れていないはずだ。
でも、眠たさがなかなか抜けない。
新学期とゴールデンウィークの
あわただしさのツケだろうか。
あるいは春という季節の到来で
体がほっとしているのか、
これが春眠暁を覚えずというものなのだろうか。
いずれにしても、無理せずにいこう。
まだまだ春の楽しみは、
これからもまだまだあるのだから。
目次へ



こぶし。江別市文京台

●家族サービス:No. 1562 2005.05.08

昨日から雨である。
大学の桜もやっとほころび始めてきた。
来週になったらいっせいに桜が咲き乱れそうだ。
昨日は、子供たちに、母の日のプレゼントを作成した。
今日が本当は母の日だが、
一日前だがいい。
夜は珍しく外食に出かけた。
外食は昼食が多いのだが、
昨日は珍しく夕食を食べに出かけた。
子供がまだ小さいので
なかなか一般のレストランにはいけないが、
大衆的なざわざわしているところなら、
何とかいけるようにはなった。
今日も雨なので外ではなにもできない。
私は、研究室に10時頃までいるから、
その後何をするかまた考えよう。
毎回何をするかを考えるのは大変だが、
これも家族サービスと考えている。
目次へ



こぶし。江別市文京台

●子供と時間の共有:No. 1561 2005.05.06

今朝は気持ちいのいい快晴であった。
少々風があって肌寒かったが
心地よい天気であった。
昨日は、子供の日の行事として
こいのぼりを作り、ぶら下げた。
午前中にスーパーで、
ちまき、おはぎ、柏餅、笹団子を買い、昼食とした。
子供たちは、午前中は家の前で自転車に乗っていたが
飽きたのか30分ほどで帰ってきた。
午後は近くの公園で遊ぶといって
2時に出て行ったきり、
なかなか帰ってこなかった。
聞くと、友達が来て一緒に遊んだという。
およがいろいろ行事や出かけていることはするが、
やはり子供は友達と遊ぶことが
一番楽しい時間の過ごし方なのかもしれない。
しかし親とのふれあいにも
十分な時間をとる必要がある。
そのようなふれあいがいつまで続くかわからないが
可能な限り、子供たちと時間を共有していこう。
目次へ



柱状節理。乙部町

●子供の日だから:No. 1560 2005.05.05

今日は曇りがちだ。
昨日は寝過ごしたので自宅で仕事をした。
1階を書斎にしたが、
今頃はストーブも炊かないので寒くなっている。
しかし、PCLetterのセットアップをして、
送信をした。
ただ、マイクの設定がうまくいってないので
ハム音がとれずに録音された。
しかし、自宅ではあまりすることがないであろうから、
これでもいいだろう。
問題は研究室の送信のための設定が
うまくいかないことだ。
とりあえず、秋に向けて講義の収録をしている。
それが一番大切なことである。
今日も9時か10時頃までいて
自宅に帰り、家庭サービスだ。
さて今日は何をしようか。
子供の日だから、子供のために
行事をしなければならない。
行事を子供はどの程度覚えているだろうかは、
関係ないのだ。
それをしなければ、子供の日に何をすべきなのかも
知らない子供になってしまうかもしれない。
それでは日本的情緒をもてない、
日本的な風土を理解できない子供に
なってしまうかもしれない。
それだけは、阻止したい。
だから、日本的な行事をするのだ。
目次へ



つくし。江別市文京台

●家庭サービス:No. 1559 2005.05.04

昨日は天気がいいので、
お弁当を持ってサイクリングに行こうとしたら
急に雲が出だした。
曇って風があると、急に肌寒なるので、
急遽、車で出かけることにした。
場所も隣町のいったことのない川沿いの公園にした。
しかし、砂利道を越えてやっとのもいでたどり着いたら
そこはパークゴルフ場であった。
仕方がないので以前行ったことある公園で
お弁当を食べることにした。
風が強く、晴れたり曇ったりの天気であった。
今日は天気があまりよくなさそうなので
住宅展示場でイベントがあるので
そこに行くことにした。
あとは、買い物である。
まさに家庭サービスのゴールデンウィークである。
目次へ



つくし。江別市文京台

●春の休みに:No. 1558 2005.05.02

今朝はやるの雨がうそのように
抜けるような青空の快晴であった。
風はあったが、暖かかった。
桜はもう少し先のようだが、待ち遠しい。
いよいよ暖かいそして花の春が来た。
今日は連休の中の平日であるが、
大学はあり、次の金曜日の講義の準備を
今日しなければならない。
レジメの印刷を頼まなければならないから。
しかし、もともと仕事をするつもりであったので、
大学があるほうが仕事はしやすいのである。
買い物、食事ができるし、
事務が動いている方がなにかと都合がいい。
後半の連休は自宅から地元に
いろいろ出かけることなる。
天気がよければ、
森にサイクリングか散歩に出かけようか。
春は何かとわくわくする季節である。
目次へ


表紙へ 目次へ